It need scarcely be said that "Identity" is one of the important things of globalization. -アイデンティティの理解とナショナリズムは異なります


ミャンマー(国境の街タチレイ)の風景、2011年9月撮影)

 後期のキャリア教育に関する科目では、昨年の「時系列に捉えた、個(一部)と公(全体)の関係を認識のうえ正しく持つキャリア観」とは少々趣きを変えて、「現代社会における日本と世界の経済」に注目しつつ、アントレプレナーシップアイデンティティを絡めて授業を進行しています。アントレプレナーシップは「起業家(企業家)精神」と訳されることが多く、これはこれで少々曖昧なのですが、アイデンティティは「自己同一性」と訳されているようで、さらに意味不明なことになっています。

 日本における「アントレプレナーシップ」は決して起業を目的としているものだけでもなくなってきていますので、「チャレンジする気持ち」に近い意味で理解すれば良いと思います。では「アイデンティティ」とは何でしょうか。エリック・エリクソン(Erik Erikson)が起源とされる言葉ですが、日本におけるここ最近の使われ方として「ナショナリズム」と混同されつつあるような気がします。

 よく言われることですが、エリック・エリクソンの述べるアイデンティティは、「自分は何者なのかを知ること」です。アイデンティティを確立することで、個を正しく認識し、個が属する公を大切にする心を持ちます。その結果、自らの立ち位置が明確になり、目標設定の足元がしっかりします。また公の一部としての個の振る舞いをはじめ、いわゆる民度の高い国民性、国家や社会全体に対する責任にもつながるでしょう。このように考えるとアイデンティティナショナリズムとは異なるものであり、むしろスチュワードシップに近いものです。つまり国づくりの基礎となるものです。

 むしろアイデンティティが確立されないような曖昧な(偏った)歴史観の教育などが続けられると、そのような教育をうけた学生は目標を明確にもたず、ふとしたきっかけで新興宗教などに没頭してしまう可能性が指摘されています。

 アイデンティティの教育では、個(一部)と公(全体)の関係の認識をそのひとつの目標とするとも言えます。そのような意味で、昨年と今年のこの授業、実は本質は同じなのかもしれません(同じ人間が担当しているわけですから、なんだかんだといってもやることの基本は同じなわけです^^)。

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 曖昧な(偏った)歴史観、それはまさに第二次世界大戦前後の歴史教育が挙げられます。あえて議論が紛糾する部分は専門家に任せるとして、10月末の授業では日本とミャンマーの関係に触れました。

 先日、大学の同窓で大先輩の方(タマサート大学 耼野客員教授)から「アジアを結ぶタイ国境部」というタイトルの著書をいただきました。東南アジアの日系企業行動を研究しているとメコン経済圏の陸上物流は見落とせない部分です。頂いて、これまたすぐに読ませていただきました。するとその一節に、陸上物流とは別に、とても興味深い下りがありました。

 インドのインパールから、ミャンマーの白骨街道を経て、タイ側の国境の街を結ぶ地域の内容です。白骨街道のくだりでは、如何に当該作戦が苦難の作戦行動であったか、そしてタイ側の国境の町では命からがら逃げ延びながらも、退路途上で冒された病で命の最後を知った日本軍兵士と、彼らを誠心誠意看病する現地タイ人との交流、そこで結ばれた絆に触れられています。外国の人が日本人のために今も祈ってくれる場所、そのひとつがこのタイの国境部の街だそうです。今でも続くこのような日本と東南アジアとの関係を知ると、私たちの祖先には深い感謝の念を抱きます。

 偶然にも著書を読ませていただいた直後、先日の10月28日にミャンマーで内紛が起こってしまいました。またこの2日後の授業では、ミャンマーに日本企業が注目し、進出し出していることに触れる回でした。

 そもそも内紛自体、日本人には感覚がつかめないものです。そこで授業の導入では第1〜3次英緬戦争でイギリスがどのような策略でビルマミャンマーの当時の国名)を占領してきたか、その後、アウンサン将軍と日本軍がイギリスからの植民地支配を脱しようと共に戦ったこと、しかし残念ながら先の下りの部分ですが、インパールの「ウ号作戦」(連合国側の呼び名?では「インパール作戦」)で日本軍が決定的なダメージを受けてしまったことなど、基本的な史実(*)を説明しました。ここまで来ると、10月28日の内紛の原因に関し、宗教問題が関係していることの説明に展開することは容易です。

(*)基本的に授業では史実しか述べないように心がけています。それだけで十分だからです。

 2日前の出来事は、当該書の内容を引用させていただき、イギリスの植民地支配、キリスト教の布教など、歴史と宗教に密接につながっていることを説明しました。さらに我々の祖先による現地の人々との交流の絆が今につながっていること、第二次世界大戦後、アウンサン将軍が殺害され同国が独立した事実、しかし植民地時代から続いた宗教差別に絡んだ同国の問題や、その後アウンサン将軍の長女であるスーチー女史の運動によりようやく現在民主化に向かい始めたこと、それを受け、日本政府が先進国で真っ先にミャンマー支援を再開したこと、その公としての日本政府の行動が、日本企業個々に同国での活動の素地を与える可能性など、身近な企業活動も「時系列」と「個と公」が関係することを解説しています。

 もともと授業の話題の中心は、なぜ日本企業がタイを選ぶのか、そこには消費市場としての魅力や、サプライチェーンなどの生産経営的な面のみならず、チャイナリスクや政治リスクなど、様々な要因が存在することなどを説明する予定だったのですが、このたび著書をいただいたことと、時期を同じくしてミャンマーで内紛が起こってしまったニュースは、今回、導入予定のミャンマーの話題だけで1授業分以上の一大トピックとなりました。

(ちなみにこちらはタチレイを載せましたが、フェイスブックの方の今のトップ写真は2012年8月訪問時に撮影したミャンマー側国境の街ミャワディです)