Consideration is the best way of avoiding the taboo. - どの国と付き合うときも同じだと思います


バンコク北部、チャトチャク地区の風景2014年1月、日本とタイで同じような風景でもそこに生活する人々のルールは大きく異なります)

 今日は昼前に京都に行き、ある大学の先生と日本文化と日本人アイデンティティについてお話をしていました。学生をタイに連れて行くときに、学生が日本文化紹介をするのですが、先方の先生にとっては今年もこのネタで来たかと思われないために何がいいかななどという話をしていると、植物観や宗教観といったものも面白いですよという話になりました。次回はそれですね!^^

 行きもだったのですが、夕方の帰りもサンダーバードが強風で湖西を走れず米原まわりになり、いつもより40分ほど多く時間がかかりました。そこでボーっと以下のようなことを考えていました。ここのところ少々多忙だったのですが、こういう時間も大切だと感じます。移動時間というのは貴重です。

 先日、自分の研究に関係することもあり、あるタイの会社と国内の会社を互いに紹介し、具体的にビジネスのマッチングを試みました。互いにお話をしていただくと双方が当然のように行ってきた商慣習があり、それが相容れない部分であることに気づきました。話を聞いている中で日本とタイのビジネスでは相容れないと思われる根本的な要因を探ることができました。守秘義務の関係で詳細は記載できませんが、もしその障壁を取り除くことができれば、私の企業政策学的な研究も大きな社会貢献になるだろうと、少なからず興味をもちつつ、研究を続けていく予定です。

 大学間でも同じです。旅行者レベルと同じような感覚で自分流を貫くと、最悪の結果ではタイ人社会では最も冒してはいけないタブーをやってしまう可能性もあります。そのタブーを知らなくても、どれだけ相手の立場を思いやった提案ができるかを心がけるだけで、随分と結果が変わってきます。どうやら国際化には何よりもそれが大切なようです。

 ビジネスでも大学間でも、直でストレートな主張をしあうと相容れずに物別れに終わります。残念な結果を回避するために、互いに相手をよく知るコーディネーター的な立場の存在が必須であることがわかりました(それを担うとストレスの溜まり方も半端じゃないですが)。

 タイの大学に勤務される日本人の先生がこのような的確なまとめをしてくださいました。
「国際化というのは相手の立場を尊重しながら、相互に交流しようというものです。それぞれに抱える常識と違った部分があるから、それを調整しながらするものであり、一方的な押しつけをするものではありません。」
 まさにその通りですね!

 最近、大学の国際化に関係することがあるのですが、どうやらその根本は国際間の企業政策学問領域と共通する部分が多く、何気に業務と研究のバランスもいい感じです。