「ビジネスの発想法とアントレプレナーシップ」−起業教育とキャリア教育、そしてアントレプレナーシップ教育の違い

 先々週より「起業」を扱う科目にて、今までのビジネスや産業の創成形態に関する知識や考え方のインプットから、個々にそしてグループにて新たなビジネスを創出するという形でのアウトプットに内容を発展させています。

 ビジネスの創出に関する発想で一般的なもの(よく言われるもの)は、
【1】ニーズ(社会における必要性)とシーズ(ビジネス可能性)から発想する
というものです。「自分(または研究者等)がもつシーズ」⇔「社会のニーズ」の差を埋める仕組みが、最も基本的なビジネスの発想といえます。ニーズからのビジネスは数多く思いつきますが、シーズからのビジネスというとなかなか成功しません。インターネット、羽のない扇風機などは、社会の人々が欲しいなぁと考えていたのではなく(というか目にするまでは想像外)、まさにシーズから製品化、事業化され、衝撃的なインパクトでもって広まっていったという形でしょう。

 またKJ法など、様々な手法を利用して、ある意味「無理やり(笑)」何かを発想しようというのが
【2】組み合わせて発展させる化学反応的新ビジネスの創出法
です。これは基礎技術の上に成り立つ技術革新と同じように(いちばんわかりやすい例が「テクノロジーツリー」です)、必要に応じ要素と要素を組み合わせ、それを発展させ、新たな成功(ビジネスや産業、技術)を生み出すという考え方です。テクノロジーツリーというと、何世紀にもわたる長い年月の話になりますが、ビジネスの創出形態であれば、時系列で追っても数年から数十年ともいえます。

 例えば電話は、アレキサンダーグラハム・ベル(Alexander Graham Bell)の発明に始まり、最初は公衆電話という形で事業化が達成され、19世紀に欧州にて設置されます。その後、北米、アジアへと広がります。やがて技術の進展に伴い電話機の低価格化で電話が普及し、各家庭に置かれた固定電話の時代になります。そして無線通信技術との組み合わせによる発展により自動車電話へ、さらに小型化、バッテリー性能と出力性能向上の達成により携帯電話へと進化します。日本では小型カメラとの組み合わせ発展で写メ機能付き携帯電話となり、いまでは世界的にタッチパネル技術が付加されiフォーンへ、Siri技術によりコンシェルジュ携帯へと、年々新しい製品に生まれ変わっています。

 以上の2つの考え方を、主に技術系を専攻する学生に対しよく話をするのですが、すると非技術系では新たなビジネスの創出は無理なのかと聞かれます。もちろん産学連携で技術を移転し事業化するという方法もありますが、それ以外にも
【3】成功した事例を別の産業や場所で試行する方法
も存在します。いわゆる「タイムマシン商法」と言われるもので、既にある国で成功したモデルを他の国で試してみることが挙げられます。コンビニエンスストア、シアトル系カフェなど、同形態は身の回りに多くのものが存在します。全く新しいビジネスを創出しているというわけではありませんが、各国の特性に応じカスタマイズ(ローカライズ)している点で、そのビジネスは個性を持ち、移転前のビジネスモデルよりも進化します(特にはガラパゴス化に向かいますが…)。アメリカのコンビニが日本にやってきて、そのビジネスモデルが飛躍的にイノベーションを起こし、花開いたことは有名です。

 また同じ国内でも、全く違う産業に応用するという方法もあります。政治の世界、民主主義の方法をビジネスに応用した「総選挙」システム、つまりAKB商法や、また時間制をゲームセンターやカフェに取り入れるなど、こちらも意外に多く存在します。

 このように考えるとビジネスの創出は決して難しいものではありません。私の授業では、新しいビジネスモデルの提案を期末レポートに課しますが(学部生の場合はアイデアランレベルにしています)、最初は時事経済のインプットから入り、後半にアウトプットを求める、このような授業を半期15回も続けると、とても面白いビジネス案が学生から出てきます

 何もない白紙の状態から何か考えろというのではなく、創造力の働かせ方の例を示しつつ、また適宜、社会の動きをインプットで捉えつつアウトプットを行うことが、起業教育には大事だと思っています。これは後期に実施しているキャリア教育の授業でも応用し、活かせるものです。

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 少し話が飛びますが、キャリア教育と起業教育は同じか?違うか?ということについて、同様の分野の先生方とお会いすると話題になることがあります。私は「区別できる」ものだと思います(現在の時世を考えると「区別すべき」とまでは最近は考えていません)。

 
 (キャリア教育、アントレプレナーシップ教育と起業教育の棲み分け的イメージ)

 私もそれぞれの内容について授業を実施していますが、重なる部分はあるものの、キャリア教育のほうが広義に扱うという意味で、その範囲が異なります。担当科目の前期「現代社会とビジネス」では広くミクロ経済学と時事経済を扱いながらその中に起業教育内容を入れています。後期「現代社会とキャリア教育」では個人と社会の時間軸に応じた変化をもとに社会人基礎力も含めた能力の養成を目指しています。

 その中間にあるのがアントレプレナーシップ教育です。起業教育とアントレプレナーシップ教育、アントレプレナーシップ教育とキャリア教育については、かなり重なる部分があります。

 
 (キャリア教育、アントレプレナーシップ教育と起業教育の時系列的なイメージ)

 小学生から中学生にかけては起業教育といえども、具体的に会社の仕組みやビジネスの具体例は基本に留め、チャレンジ精神やあきらめない心を扱いますので、アントレプレナーシップ教育に極めて近い起業教育となります。
 [参考] 「小中学生、親子のための起業のテキスト」(pdf) ⇒ ダウンロード
いま大学で私が前期に行っているのは、さらに狭義に捉え、主に「授業の成果を来たるビジネスの場にて活かす」と考えていますから、こちらは起業教育をコアとした内容といえます。

 後期の授業では、むしろ社会基礎力や前向きにチャレンジする心の養成を目指していますから、キャリア教育に近いアントレプレナーシップ教育です。

 京都教育大学の高乗教授が著書「教育の3C時代」の中で、アントレプレナーシップ教育とは、変化の激しい時代にあってチャレンジ精神や創造性を発揮しながら、新しい価値と社会を創造していこうとする意欲と能力をつちかう教育」と定義されています。その上で「『キャリア教育』と『アントレプレナーシップ教育』はそれぞれ固有の狙いと内容をもった教育であるが、共有する部分も多い」とされています(95頁,2008年)。

 キャリア教育を職業選択の教育という狭義の捉え方で実践している教育が多い中で、まさにこの言葉がキャリア教育の到達点の1つを示しているのではないかと思います。今年1月、私が福井県立大学「キャリアの形成におけるアントレプレナーシップの必要性」とうタイトルで講演をさせていただいたときも、職業選択の教育ではなく長期のキャリア形成の視点から90分間のお話をさせていただきました。

 福井県立大学の講演(1回目)(2回目)に関するブログ ⇒ リンク1 ⇒ リンク2 ⇒ リンク3

 日本がバブルに沸いた好景気時のキャリア教育では狭義でも問題は起こらなかったのかもしれませんが(問題が表面化しなかっただけで、広義での教育が必要であったことには変わりないと思います)、今の閉塞感が漂う日本において、広義のキャリア教育、つまりキャリア・アントレプレナーシップと言われる新たな社会を創造しようとする意志の醸成はとても大切だと思っています。