Instead of the big sacrifice, he got small profits. −李明博の誤算はどこに?

 経済学や経営学の授業では、一部の科目でエージェンシー・スラック(Agency slack)を扱います。エージェンシー・スラックとはプリンシパル(Principal, Client, 依頼人)が、エージェント(Agent, 代理人)に仕事等を委任する際、エージェントが自己の利益を優先した結果、プリンシパルの利益と一致しないことを指します。例えば「所有と経営が分離」された企業経営において、経営を委託された取締役(経営陣)が自分たちの利益を優先し、本来得られた株主の利益の一部を毀損する場合がこのエージェンシー・スラックにあたります。

 政治の世界では、民主主義制度もプリンシパル(Principal, Client, 依頼人)たる国民が、エージェント(Agent, 代理人)たる政治家に対し、税金という形で対価を支払い、国益の追及を委任していると考えることもできます(もちろん地域や一部団体の利益の追求を目指している事例も存在します)。

 さて、我が国の竹島の韓国による不法占拠、韓国が天皇訪問に際し過去の謝罪を要求した非礼により、日本と韓国の関係が悪化しています。当然のことながら我が国の野田首相は韓国に遺憾の意を示す親書を出しました。しかし韓国の李明博大統領はそれを受け取らずに突っ返すという「外交慣例上ではありえない」と(マスコミで)いわれるような稚拙な行動を取りました。さらに韓国の李明博大統領は執拗に強硬かつ挑発的な発言を繰り返しています。

 これに対し我が国の野田首相は、現在のところ冷静かつ賢明な判断をしています。私は今まで現政権の特定アジア国に対する外交に対しては、どちらかというと高い評価をしていませんでしたが、今回の件では今のところ評価できると思っています。もっとも韓国の李明博大統領の下手な外交(誤った判断)に助けられ、日本の外交が当たり前の対応をしていると、相対的にそれなりによく見えることから評価を受けるような結果になっているともいえます。

 一部の報道(msn産経ニュース2012.8.24)によると、李明博大統領の失敗について、ジョージタウン大学のバルビーナ・ファン客員教授「目先の政治的な得点を挙げるため、(大衆迎合的な李大統領の)ポピュリズムと国内のナショナリストが手を組んだ」というコメントを引用し、李大統領がアメリ有識者等から「韓国の国益を損ねている」という評価を受けているという記事でまとめています。

 韓国の大学の数名の先生方には、個人的に金融経済教育研究や経営学研究で大変お世話になっていて、本当に良い関係を築いていただいています。研究においても、プライベートの愛国心の高さや人についても、韓国人には尊敬する部分があります。そのようなことから、韓国人個々人に対して非難をする気は全くありません。言いたいことは韓国人への非難ではなく、私たち日本人個々、およびその代理人である政治家の考え方、外国人との付き合い方への警鐘です。ゆえに以下に述べる内容は、記載においていささか憚られる部分もあるのですが、そこを押して記載します。

 確かに末期症状の政権運営を強いられている李大統領にとって、反日」パフォーマンスは人気を盛り返す「最後のカード」として機能すべきものだったのでしょう。

 しかし上に記載した一部の報道でまとめられている通り、「政権末期の求心力を失った李大統領の国内人気の復活」のために、「今まで韓国経済を支援してきた日本を非難している韓国」という最悪の印象を世界に知らしめてしまい、韓国の国益は大きく毀損されました。まさに"Instead of the big sacrifice, he got small profits." つまり「因小失大:小に因(よ)りて大を失う」といえます。これは冒頭で述べた韓国政治版エージェンシー・スラックです。委託された大統領個人のエゴで、韓国の国益が失われています。

 では「最後のカード」であったはずの「反日カード」が(国内的、短期的にはそれなりの成果を収めたのかもしれませんが)結果として世界からの評価において、韓国の国益を大きく損ねた原因は何でしょうか。それは李大統領の日本に対する読みの甘さにあったといえます。

 先のロンドンオリンピックにおける女子バスケットボール予選「日本vs韓国」における韓国の大人気ないプレーの連続、さらにその他の競技においても確かに韓国は少なからず世界からの評価を落としました。

 しかしそれらに加えて注目すべきことは、日本の世論の変化です。李明博大統領は日本国民を甘く見すぎたということ、つまり以前のような「平和ボケした日本人像」を持っていたということです。いつものように「反日カード」を切っても日本国民は反応しないという読みだったでしょう。そして日本の政治家を舐めすぎた。与党経験の浅い民主党政権は、また見て見ぬ振りを決め込んで反応しないという読みだったに違いありません。決して褒めているわけではないのですが、民主党政権は発足時においてはかなり未熟なものに見えましたが、しかし日に日にそれなりの成長をしています。

 我が国の尖閣諸島に中国人、香港人、台湾人が、度々いらぬちょっかいを出してくれたおかげで、昨年より断続的に、ここ数日は連日、日本のマスコミが尖閣問題を報道しました。その結果、ようやく日本の国民一般レベルで領土問題が認識されはじめました。するとさすがに日本政府も政治家も「尖閣諸島に領土問題は存在しない」などという寝ぼけた「事なかれ主義」で通すわけにはいかなくなります。(今までは意識がありながらも、ポピュリズムを考慮し遠慮してきた)日本の一部の政治家が、「いや、まてよ!?わが国の領土を守るという主張と行動が、今の時代、国民に支持されるんじゃないか」ということに気づき始めてきました。当たり前です、私たちの先祖が汗だけでなく、多くの血と涙を流して守ってきてくれた大切な日本の財産です。「領土を守る」と主張する政治家を批難する「日本人」などいるわけがありません。

 日本の昨今の反応に対し、アメリカの捉え方も変わってきています。沖縄米軍基地の移転問題、オスプレイ配備の日本国民世論の動向も併せて考える必要がでてきました。李大統領の発言が日韓間だけでなく、米国その他の国々の関心事になりました。アメリカをはじめ、外交、東アジアの地政学に敏感な国々が注目をしています。

 そしてやっとわが国の国民も政治家ももう一つの事実に「気づき」つつあります。支援をしてくれる恩人を平気で裏切ることができる隣国のことを。そんな隣国に経済支援を行ってきたことが、いかに矛盾をしているのか。通貨スワップの見直し、当然です。私たち日本人はようやく自分たちが何者で、自分たちの利益を守ることの大切さと、それを奪おうとするものが何者か、その区別ができてきたように思います。

 李明博大統領の誤算は、世界が韓国を見る目の変化、日本国民の意識の変化、この最近の2つ変化に気付かなかったことにあるでしょう。一国のトップとしては浅慮過ぎる判断を見ると、彼は相当追い込まれています。そして彼が得た韓国世論という小さな利益は、世界から取り残される韓国という国益の毀損、大きな犠牲を伴いました。
 
 一方で、不幸な結果が続いてきたと思える日本の政治の中で、皮肉にも幸いだと私が思うことは、少なくとも隣国・隣人の軽率で愚かな行動が、我が国国民、ならびに政治家の領土問題への「事なかれ主義」的思想を是正してくれたことです。

 またかつて私たちが日本青年会議所2009年度領土・領海問題委員会で、またその意志を引き継いだ内閣府認証特定非営利活動法人日本領土領海戦略会議で行動してきた地道な努力も、ようやく実を結んできたように思います。