東京電力の国有化を回避するには?

 東電の株主構成を何気にみていたのですが、政府系が3.2%ということで意外に少ないようです。2010年(平成22年)9月30日現在、株主の上位は順に、日本トラスティ・サービス信託銀行株式会社、第一生命保険株式会社、日本マスタートラスト信託銀行株式会社、日本生命保険相互会社、東京都、株式会社三井住友銀行、株式会社みずほコーポレート銀行東京電力従業員持株会、SSBT OD05 OMNIBUS ACCOUNT-TREATY CLIENTS、日本トラスティ・サービス信託銀行株式会社とのことでした。(以上、東京電力ホームページより)

 さて、先日、東京電力の国有化案に関する議論の報道が一部でなされました。もちろん政府も東京電力現在のところ、そのような事実はない(開示すべき事実はない)と否定しています。この発表は当然で、同社は銀行より当面の運転資金として2兆円の融資の約束を取り付けており(既報)、資金ショートを起こしている状況ではないため、この段階で国有化どうこうの話を発表することはないわけです。国有化の議論というのは、あくまでも会社が行き詰った段階のものです。

 また、むしろ会社の経営が行き詰ったから国有化されるという保証もありません。一般的には多くの民間企業では破綻処理を粛々と行い、事業の継続が行われないという場合が本筋です(上場企業の倒産だけ見ると、結構、会社更生されるのかと思ってしまいますが…)。

 しかし電力というインフラが不可欠であり、この事業モデル自体は再生の可能性(収益性)が高いのは議論の余地がないでしょう。もう少し厳密に言えば、短期・中期での電力供給、および(日本が産業競争力をもつ、そして国民が不自由なく電気を使えるという前提における)電力の価格維持には、原子力発電を伴う発電設備なくして考えられません。
(これはあくまでも経済的視点をもとにした、現実的な話です。原発必要性の議論がここでの本題ではなく、そこに特別な私の想いもないので、あくまでも現実として記載したまでであることを付記します。すぐにでも電力供給の輪番停電を国民が甘んじて受け入れれれば、原発の必要性は低下するでしょう。)

 東電の教科書的な結末は、先日のブログにも記載していますし、(特に国有化の筋書きは)ここのところ他の方も述べられるようになってきました。そこでここではあえて特殊な可能性を考えてみようと思います。

 仮に今後東電の資金がショートしたとしても、電力インフラの機能維持を前提として、国有化を経ない方法は「電力事業一切について、今後の収益力をもとに事業価値を算出し、他社に譲渡」→「会社解散」→「東電の負担能力を超えた分を国が保証(補償)」です。国有化も基本手順は似たようなものですが、ここでいう他社とは事業性質上、東電を除く全電力会社の合併後の会社などになるでしょうか。東電の財務の脆弱さが露呈した今回の件で、補償問題を含め、改めて電力会社合併も考える必要がありそうです。

 しかし東京電力の既存株主の権利存続を考えれば、東電も含めた合併という案もないことはありません。ただその合併比率が既存株主の納得のいくものにはならないでしょう。また賠償に関する責任を国が負わない限り、他社(および他社の株主)が合併を拒みます。

 では、現在の同社の支払い能力を補償や復旧、賠償その他の費用が上回った場合、既存株主の権利を守る道はないのでしょうか。実は海外の事例に目を向ければ、他にも方策は存在します。

 電力会社の合併で思い出した例があります。2007年頃に米国で行われた、投資ファンドKKR(Kohlberg Kravis Roberts)社他による電力会社TXU(現Energy Future Holdings)社の買収です。

 ファイナンスの研究をしているものにとっては、当時の買収額が衝撃でした。このときの総金額は450億ドル、当時のレートだと5兆円を超す金額です。TXUが負っていた負債も引き取っています。

 買収元が投資ファンドですから、買収後に業績を改善させ企業価値を上げ、その後転売を行うという形が基本になります(その後の結果はまだ出ていないようですが)。このときはKKR社を中心とするグループが用意した資金に加え、TXU社の資産をもとに資金を借り入れるLBO(leveraged buy-out)という買収手法が用いられました。また既存株主に提示された株式の買い取り条件は、20営業日程度の平均株価+20%のプレミアムを上乗せしたものでした。

 現在の東京電力の株価は高いか、安いかという議論は、私が述べるべきものでもなく、個々の投資家の判断の結果としかいいようがないのですが、あえて可能性を追求すれば(名乗りを上げる企業が出れば)このような方式の可能性もないことはありません。

 ただしもちろんそこに特殊な事情を勘案せねばなりません。ひとつは外為法です。国の安全保障および技術流出を考慮し、(もしその規定に係る場合は)外国資本が日本国内企業に投資する場合は10%を限度としています。東京電力の発電事業を切り離せば、まだ安全保障と技術流出の問題はクリアできるかもしれませんが、現状では外国の大型ファンドが買収というのは難しいようです。ただし三角合併も可能な現在、外国資本を含んだスキームが組めるかどうかという議論だけでしたら、実行が可能です。

 一方外為法にかかるなら、その買収元が国内資本であればよいわけです(はっきり言ってしまうと、日本政府が100%減資を行わずにこの方法をとるというやり方もあるわけです。日本政府がここまでやる柔軟性を持ち合わせるかどうかは不明ですが)。時間が経つにつれ、このたびの件が同社の財務に与える影響について、徐々に明確になりつつありますので、負うべき賠償責任の範囲によっては、範囲が明確になった時点で(日本政府を含め)その可能性は0ではありません。

 繰り返しますが、もっともこのような将来像というのは、一般的に考えられる方法をあえて外した特殊な場合ですし、まだまだ既存株主の権利を残した上での今後については、このスキームや先日のブログで記載した増資方法以外にも多くの方法があります(書き出しているときりがないので…)。

 最後になぜ私が既存株主の権利にこだわるかということですが(そもそも東京電力についてここまで触れるかということですが)、やはり起業教育、金融経済教育との関係によります。

 私は学生の頃、1997年のことですが、山一證券株が紙切れになった経験を持っています(ちなみに今昔を通じて東京電力株は持っていません)。損失額は小さかったのですが、学生の私にとってはアルバイトで稼いだお金を原資としていたため、少なからずショックを受けました。ただ救いだったのは、私は「同社株が紙切れになるかも」というリスクを承知していたことです。

 その一方で、先月、当件についてブログを書き始めた最初のときに、東京電力株は資産株であったという記述をその日のブログの冒頭にしました。私は起業教育や金融経済教育を研究分野のひとつとしている関係から、このような資産株において、もし今回のようなアクシデントでその価値が失われてしまった場合(すでに大幅に毀損していますが)、日本の投資家心理への影響、つまり市場離れにつながらないか危惧しています(資産株として保有していた投資家は、山一證券株をもっていた私とは、基本的にリスクの認識が根本から違ったはずです)。

 危惧すべきは結果としての日本の証券市場に対する影響(特に個人投資家の参加)です。資産株という性質上、リスクテイクができない(しない)個人株主も多かったはずです。そのような方々が、証券市場は信用できない、怖い、投資するものでない、などという考えを持ってしまい、それが日本の資本市場への考え方として根付いてしまえば、我が国の資本主義の根幹が揺るぎます。その結果、起業環境も大きく変化してしまいます。

 よって、経済学としてよりは、政策学の観点から、既存株主の権利の保護、対応も検討すべき(実現は別として)だと考えています(ただし先の武富士などをはじめ、他社との線引きができなくなるので、実現の可能性は難しいでしょうが…。ですのであくまでもこのようなスキームを取ることなどが、回避策の一つ、影響を抑える方法だといえます。当分は無配と株価(株式そのものの価値)の低迷が続くにせよ、配当が復活すれば、資産株の保有者としては、その目的の1つを満たしているといえます)。

 金融経済教育(特に金融教育、投資教育)がしっかりと国の教育政策で行われていれば、自己責任という一言で片づけられても異存はありません。しかし日本は英米のように金融経済教育が学校教育では行われてきませんでした。それで結果としてこのようなアクシデントを「自己責任だから」で済ますのは、国民を守る政府としていかがなものかとも考えてしまいます。

 せめていまからでも事前予防的な金融経済に関する教育政策を早急に構築し、日本の学校教育に導入すべきだと考えます。