東京電力は倒産しない?〜ファイナンスから見る東京電力の今後〜

 社会におけるほとんどの事象に証券市場は反応します。東日本大震災当日の閉会およそ10分前からはじまり現在に至るまで、セクターごとの株価の乱高下が目立ちました。このようなときに株式売買などという感情も持ってしまいます。しかし資本主義社会であり証券取引所が開いている以上、外国人投資家だけでなく国内投資家もこのようなときこそ参加するのは必然なのでしょう。

 そのような中、注目されるのは東京電力株です。電力株といえば俗に「資産株」と言われ、値動きによる差益をえるキャピタルゲイン(Capital Gain)を目的とするのではなく、その企業が継続的に生み出す利益の分配(配当)であるインカムゲイン(Income Gain)を期待する傾向にあります。この理由は、いわゆる高い公共性と、安定的かつ継続的な収益の確保に裏付けされた配当が根拠になります。

 しかし今回の震災後、東京電力株は証券取引所が定める値幅制限の限度となるストップ安を続け、その後ストップ高をつける動きとなり、現在でも引き続き荒い値動きとなっています。この理由はもちろん先ほどの根拠が失われたこと(失われるという想定)に基づきます。

 ストップ高、ストップ安という事象は決して2つの相対する考え方に分かれているのではなく、それぞれの日毎に、多くの投資家が期待もしくは不安という考えに偏っていることから生まれます(同時に2つの考え方が混在する場合は、出来高こそ増加するものの、値動きは均衡します)。

 さてこのような荒い値動きになるということは、日によって東京電力という会社の今後の投資家の評価が分かれているということであり、その結論が出ていないということです。要はわからないということですが、より正確に言うと同社に支払いが必要とされる金額がわからないということです。これがわかれば結論は出ます。

 ①電力という東日本のインフラを担う会社が潰れるはずはないという1つの考えがあります。その一方で②原子炉処理から再構築、そして賠償に至るまで今後想定される莫大なコストは東京電力の財務を極めて悪化させる(その結果、株式としての価値が失われる)のではないかという考えです。ではどちらが正しいのでしょうか。

 現状では、その双方ともに含んだ結論が想定されます。一見矛盾しているように思われますが、現在、与えられている情報を整理し考えると、その結論はこれらを合わせた1つに収束するようです。

 東京電力は日本のメガバンクに対し最大2兆円規模の融資の要請を行ったと伝えられています。実際に必要な資金がこの範囲内なのか、それともこれをはるかに超える規模なのかはわかりません。しかしもしこの要請が受け入れられたとしても、「メガバンクが融資をする決定をした」ということを銀行が融資を決めたのだから大丈夫、などという「救済」としての勘違いはできません。というのも、これは一般企業が銀行から融資を受けるケースとさほど変わらないからです(規模の差はあれ)。同社の平成22年12月31日現在の資産は約13.8兆円、これに対し負債は約10.8兆円、つまり純資産は約3兆円存在するわけです。メガバンクが約2兆円の融資を決定することに対し、ポシティブもネガティブもありません。この金額は現在の純資産の6〜7割です。むしろこの銀行融資に対する見方としては、公共性の高い会社にも関わらず一般の企業とさほど変わらないと言えます。また銀行は本来リスクを取れない機関ですから、銀行としては極めて当然の行動です。(なお同社の自己資本比率は現状でも2割程度と、既にかなり低い状態です。)

 要はこの融資が報道通り実行され、今後同社に必要とされる短期から中期の資金が2兆円+手元流動資産の一部の約0.6兆円前後であれば、数字上は公共性の高低に関わらず企業としての存続可能性は高いといえます。

 しかし現状の認識ではこの規模ではなさそうです。問題は同社が必要とする金額が、上記金額を超えた場合です。増資をすればいいという考えは厳しいでしょう。同社の企業価値はかなり毀損しています。必要な金額が上記金額をはるかに超える場合、債務超過も想定されます。この状態で増資を行うにも、その引き受け手が存在しませんし、価格の決定も困難を伴います。

 民間金融機関からの融資は、上述の通り純資産の一部割合を限度とするのが一般的ですから、政府保証などの何らかの後ろ盾がない限り、これ以上の融資はないとみるのが一般的です(表に出なくとも、政府保証の存在が何らかの形で交わされていれば別です)。

 とすると政府による救済というステージに移ります。ここで重要な点は、政府が同社を救済する理由です(被災者への保証を政府が肩代わりするという話は別の件ですので、ここでは保留にします)。感情論として東京電力を潰せばいいという人もいるかもしれませんが、本当にそれでいいのでしょうか。今後、東日本の電力はどうなるのでしょう。インフラ機能として必要なものは一般の企業と同様の議論ができません。つまり東京電力(がやってききた機能)が失われれば困るわけです。そのような意味で同社(の機能)を失うわけにはいきません

 つまり同社がもつ現状の支払い能力を超えた分は、政府が何らかの形で同社への救済を行うという流れにならざるをえません。この意味で冒頭の①の考えは正しいわけです。そこで危機対応融資の適用が挙がっています。これは政府指定の金融機関が、日本政策投資銀行からの資金とリスクの補完を通じて行うものですが、この場合において、当然、融資額が同社の純資産を大幅に超えれば(要は自己資本比率が大幅にマイナスになれば)、今後の収益状況を踏まえても、同社の株式の価値はゼロに等しくなります。この意味において冒頭の②も正しいわけです。

 結論として、政府が救済するにせよ、同社の支払い能力の範囲を鑑みると、同社に求められる金額が3兆円を上回ると、同社株式への価値の評価は非常に厳しいといえます。

東京電力の既存株主の権利については「こちら」に記載しました。)

 最後に、原子力発電についての今後です。現状では原子力発電に対し世論がネガティブになってしまうのは仕方がないのかもしれません。しかし先日も書きましたが、理想が通るほど私たちの住む社会が完璧なものではないから、何を選択するかという切実な問題に直面します。東京電力が東日本にとって必要であるのと同様のことです。原子力発電なくして私たちの社会は今後維持できるのでしょうか。

 感情論だけではなく、現状を受け入れたその上でどうするかという議論が必要です。

 余談ですが、放射線を食べてくれる菌が存在(リンク)するそうです。現状を受け入れれば、このような小さな発見が問題の解決への糸口になる可能性という次なる解決に向かうかもしれません。